の作業記録
月替わり作業な水曜日
- 作業記録の共有
- 月替わり作業
- Webノートの使い方検討
- トンネルChannel+オーディオブック
- メルマガ+原稿2(4400文字)
- TH+第二章(アウトライン最終チェック)
- ブックカタリスト+読書メモ準備
- うちあわせCast確認→実施
- 各種日課
- 集中的読書
- 復文勉強
- サブ執筆
- KW+ミニエッセイ
7:00
おはようございます。本日は月替わり作業と、もろもろの原稿です。
月替わり作業:
では、はじめましょう。
- カレンダーをめくる
- 拠点ノートの更新
- 拠点ノートの振り返り
- KW+サポーターページの更新
- KW+一ヶ月のまとめページの送信
- 医療費の入力(その月の関数を入力する)
- KDP売り上げ
- ブックカタリスト本の売り上げ入力
- クレジットカード(アプラス)確認
- 経費スプレッドシートにコピペする
- 入金確認
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拠点ノート。CosenseとTextboxですね。
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あとは、ニュースレターを。
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noteにも投稿しました。
10:00
Webノートの使い方検討:
今のところ、Cosenseで7月ごとのノートを作り、そこにWeb記事のメモを書いている。
オブジェクト的に考えれば、一つの記事に対して一つのページを割り当てるのがいいのだろうが、記事一つはオブジェクトとしてはきわめて小さい。それに、わざわざページを作ろうとは思えないものも多い。
そこで、一つのページにまとめて書く。
そこまではいいとして、その後、どうするか。
今回は付きの変わり目にざっと見返して処理した。テーマ別にピックアップするのは良さそう。
そのときに、どう処理をするのか。月ノートの中で項目の入れ替えをして、ジャンル分けをするのか、個別にノートを作り、そこにコメントを移していくのか。
はじめから月ノートをつくるときに、カテゴリ別にメモをしていく手もなくはない。先月からの引き続きのテーマであれば、カテゴリを立てることも無理ではないだろう。
ただ、ちょっとそれは先走りすぎかな、という気もする。
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たとえば、ニュースレターの活動の振り返りは、もともと別のページ(Textbox)にある情報をニュースレターの記事として書くときに整理している。そうすることで、時系列の情報が残りつつも、カテゴリ別のソートが新しく作られている。それをつくるときに、自分自身でも一定の振り返りが行われる。
だとしたら、Web記事も同じではないか。
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一ヶ月に一度振り返るのか、それとも一週間に一度振り返るのか。もし一週間に一度なら、ツイートの振り返りと合流させられる。
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仮に時系列に記載されたページがあり、それをベースにテーマ別のページを新たに起こす、ということを考えるとき、時系列のページは週間ごとで区切らなくてもいいよね、という気がしてしまう。
テーマ別のページに仮にリンクが移動するなら、つまり「切り出される」ならもともとのページは分量が圧縮される。ページが長くなりすぎる問題を回避できる。
いや、混乱しているな。時系列のページは時系列でそのまま残っていたら、という話だった。
仮に、2026年のWEBページチェック、というページを作ったとして、
- それがどのくらいの長さになるのか
- それが時系列で残っていて、どれだけ嬉しいのか
というのが論点となるが、まだ十分なデータが出そろっていない。とりあえず、2026年の6月までのデータはあると考えられるが、Cosenseの1月〜6月までのページを一つにつなげたらそうとうに長くなるだろうし、それが倍になると考えられる。
そういう「長いページ」はどれだけ有用だろうか。
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大きな構図としては、処理の方向は見えている。しかし、細かい部分が決め切れない。
「何かしらにまとめておいて、それを後から処理する」というのが大きな構図。その上で、どういう単位でまとめるのか。処理するときに、もともとのデータは残す(圧縮する)のか、ログとして残せるようにしておくのか。
これについて答えを出すことを今週の課題としておきたい。
11:00
トンネルChannel:
ひさびさにトンネルChannelを更新します。
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publish:オーディオブックは食わず嫌いだったとして - by 倉下忠憲@rashita2 - トンネルChannel
12:00
テーマノート:
Web記事へのコメントや自分のつぶやきなども、たとえなんであれ、その時点で何かしらのテーマノートに接続させておくのがいいのではないか。
あるいはもっと乱雑にカード化していくか。
14:00
メルマガ:
二つ目の原稿を軽くでも進めます。
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4400文字の原稿を書きました。
17:00
雨のせいなのか、頭が若干重いですね。
KW:
今日のエッセイを書きましょう。
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OKです。
集中的読書:
GEBを読みます。
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「思考のイメージ」を読みました。
現代で言えば、記号接地に関する問題が提起されています。プログラムで文章は生成できる。しかしそのプログラムは個々の言葉についてなんら観念を持っていない。だからこそ、世界についての観念を持つ人間が読むと素っ頓狂な感じの文章が生成される。
とは言え、ある主体が何かについての「観念を持っている」とは具体的にどういうことなのだろうか。整理学的に言えば、その言葉を目にしたときに、刺激される脳内のネットワークが存在している、ということだろう。であれば、生成AIにもいくぶん近い要素があるのではないか。
このような理解の鏡を作り出すには、個々の概念を世界に関する知識の層で幾重にもくるんでおかなければならないのだろう。
一つの比喩であろうが、しかし「個々の概念を世界に関する知識の層で幾重にもくる」む、という言い方は別途検討する価値があるように思う。知識のミルフィーユ。それをグラフで表すとネットワーク構造になるのかもしれない。
復文勉強:
原子力エネルギーの潜在的な危険性はいくら強調してもし過ぎることはない。
One cannot emphasize too much the potential danger of nuclear energy.