の作業記録
原稿を書く水曜日
- 作業記録の共有
- メルマガ+原稿2(3000文字)
- うちあわせCast確認→実施
- TH+「はじめに」の文章化
- ブックカタリスト+読書メモ続き
- 各種日課
- サブ執筆
- KW+ミニエッセイ
8:00
おはようございます。本日ももろもろの原稿作業です。
WorkFlowy:
やはりこんな感じで考えをデイリーに書いていくこと自体は悪い体験ではありません。むしろすごくいい。単に、数が増えたら閲覧性が悪くなるという点と、ブロックとブロックの間に区切りのために空改行を入れたくなる点があまり相性がよくないくらいです。
たとえばこうしてかいたものをCosenseやTextboxの一ページにする、あるいはリゾミックツリーのパーツとすることと、WorkFlowyに書くことはどう違うか。
自作のメモツールと比較しても、やはりやりたいのはボトムをボトムとして並べつつ、いかにその「上」を制御するのか、という点だろう。ハッシュタグやチェーンマーカーのような仕組みと、リンクを付与することはだいたいにおいて似ている。
memo:
『知的生産の技術』より。
これはいわば、目にみえない脳細胞のはたらきを、カードというかたちで、外部にとりだしてながめるみたいなものである。あるいは、そうして外部で目にみえる形で操作することによって、内部の作業の進行をたすけようというのである。
脳内の作業を、カードによって助けているに過ぎない。脳内をまったく無視して外部にアウトソーシングしているのとは異なる。暗算と筆算と計算機の違い。
カードの分類について。
こういうわけだから、カードが何枚たまっても、その分類についてあまり神経質になる必要はない。分類法をきめるということは、じつは、思想に、あるワクをもうけるということのだ。きっちりきめられた分類体系のなかにカードをほうりこむと、そのカードは、しばしば窒息してしまう。分類は、ゆるやかなほうがいい。
梅棹は分類を禁じているわけではない。神経質になる必要はない、ゆるかなほうがいいと述べているだけ。
ある意味では、それは分類というものではないかもしれない。知識の客観的な内容によって分類するのではなく、むしろ主体的な関心のありかたによって区分するほうがいい。なんとなく興味があるのだが、どういう種類の関心なのか自分でもはっきりしない、というようなこともすくなくない。そのときには、「未整理」とか「未決定」とかの項目をたてて、そこにいれればいい。未整理のカードがいくらふえても、いっこうにかまわない。それこそは、あたらしい創造をうみだす源泉なのである。
* * *
こいうページを作ったあと、いやタイトルは「分類は、ゆるやかなほうがいい」の方が適切かなと思って、つけかえたら、すでにそのタイトルのページがあると示されました。
こんな風に二回つくってしまうことは無駄なようですが、自分にとってこの話題が大切なのだということを強く感じる経験でもあります。
で、ゆるやかな分類、あるいは主観的な関心のありかたによる区分を、自分のメモシステムにどのように導入するのかが鍵。その関心がどのようなものであるか、ということではなく、どのような機能としてデジタルシステムに実装するのか、ということ。
9:00
メルマガ:
二つ目の原稿を書きましょう。
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時間がかかりましたが、3000字の原稿が書けました。
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11:00
Clauding:
まずは既存のメモツールの改修から。
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これまでは、ハッシュタグなどがついているものを絞り込めるだけでしたが、何もついていないものんも絞り込めるようにしました、「素のみ」というボタンを押せば、素のメモだけの一覧になります。
で、考えているのが、そのようにして絞り込んだものをmdファイルにエクスポートできればいいのではないか、ということ。それでメモからノートへの動線が生まれると思います。
このあたりについて、もう少し時間をかけて考えましょう。
13:00
ブックカタリスト:
読書メモの続きを書きましょう。
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二冊目のメモを書いておきました。後はさいごのまとめの部分です。
14:00
noteの質問箱:
二番煎じ処の話ではありませんが、noteにも質問箱機能がついていました。まあ、あまり集まらないでしょうが、ひとまず開設しておきます。




