原稿を書く水曜日

7:00

おはようございます。本日は原稿もろもろです。

Textbox:

昨日改修した朝の告知。エラーが出ていたので直したいですが、とりあえずこんな感じ。

Image from Gyazo

Textboxのノートの保存されているもののうち、気になっていること、コミットプロジェクトが表示されます。「今週やること」なども表示させるといいですね。

以前まではなかったのですが、「どのファイルからやってきているか」を表示させるようにしました。こうすることで、書き換えたくなったときにすぐにわかるかな、という想定です。

* * *

エラーを直します。

「引用集」ノートからランダムに一つ選んで表示する、というスクリプトがエラーを掃いていました。でもって、ぜんぜんこれを使っていないですね。

* * *

エラーを修正しました。python /Users/Tadanori/Library/CloudStorage/Dropbox/logText/remindDayEvent.py を叩けば、ターミナルでこれを表示できますが、さすがにコマンドが長いですね。何かのショートコマンドにしておきますか。

あるいは、makeコマンドの後にこれが実行されるようにしておく?

* * *

とりあえず、llsと叩けば、上が実行されるようにしました。lsがディレクトリの中身の確認なので、その拡張という意味合いで、llsにしました。指が覚えやすいので。

ついでにbluesskyに投稿するコマンドも、ちょっとだけ面倒だったので、短縮しておきました。 node bsky.mjs “ここに投稿"を、tw “ここに投稿"に短縮しました。短くなったのはごくわずかですが、他のフォルダにいてもこのコマンドで実行できるようになりました。

* * *

このままの流れでテーゼノートの移行も進めましょう。

とりあえず、テーゼ、あるいはアイデアというフォルダーを作って切り分けて保存しておき、どういう感触になるのかを確かめてもいいですね。

* * *

たとえば、Obsidianのプラグインについていろいろ考えたノートがあるとして、Obsidianを使わなくなったとしたら、そのノートを保存しておく価値はどれくらいあるでしょうか。

もちろん消去するほどではありません。一方で、自分が日常的に使っているノートツールに保存され、インデックスに登録され、サジェストに出てくる意義はどれくらいあるでしょうか。

こういう点について、僕たちは改めて考える必要があります。

Image from Gyazo

こういうのがいらなくなると共に、仮にあっても「Obsidian」というキーワードでのサジェストはほぼ意味を成さなくなる。

たとえばこれをCosenseで考えると、この手のノートがものすごくたくさん出てくるなら、むしろ新しいプロジェクトにせよ、という話になるでしょう。「Obsidian」というプロジェクトを作れば、それがドメインとして働くので、タイトルからObsidianという文字列を消去できます。検索ももっと快適に動くでしょう。

そのような意味での「切り出し」が必要だ、ということなのかもしれません。ノートからノートを切り出すだけでなく、ノート群からフォルダを切り出す。

つまり、ある時点でどこに保存するか、ということも重要だが、保存した後にどう変化するのか、という観点も必要だ、となる。

* * *

自分の運用についてのアイデアと、テーゼと、他人の概念のメモが渾然一体となっている。

あと、作業記録のノートもある。これらをどう扱うか。何も考えずに単一のフォルダに放り込むのが楽ではある。しかし、その楽さは怠惰ではないか。

あと、0バイトのファイルがけっこうある。リンクがあるだけということだろうか。

* * *

まず、APIまわりの情報を書き留めたノートは、utils/というフォルダに移動した。ここは、一覧には表示しないが、検索したら出てくる、みたいにできるといい。

* * *

たとえば「Finderでファイルにコメントをつける」というノートがあり、こういう情報は保存しておくに限るが、それをメインのノートに入れておくのが常に適切であろうか。

Tips集というノートにすべてをまとめてもいい。Cosenseにアップするならば、それが一番しっくりくる。

* * *

Obsidianでは、「ワークスペースで切り分ける」というアイデアが一つの打開策となった。すべてを単一のフォルダに保存しつつ、表示領域を切り分ける。

Textboxでも同じことはできるが、同じ運用でいいのだろうか。

たとえば、プロジェクトノートを作り、それを一覧する。すると、過去すべてのプロジェクトが一覧できる。それは必要か? もちろん、baseでstate を見れば切り分けはできる。しかし、サジェストには過去のプロジェクトが出続ける。ならば、フォルダを移動させることによって、「ここはサジェストに出さない」みたいな切り分けがいいのではないか。

リンクやタグや、複数の領域に情報を置くことができる。フォルダはそれができない。しかし、そのフォルダの強力さは間違いなくある。たとえば、「プロジェクトノート」と「書誌情報が記載されたノート」と「ある概念を書き留めたノート」は基本的に交差しない。いわば、まったく異なるエンティティである。

ただしリンクはするかもしれない。これがポイントだろう。

* * *

概念の書き留めなどは、Cosenseがいいかんじ。これはCosenseを「辞書」として使っているということ。「ノート」ではなく。

* * *

「やろうと思っている(だけの)こと」「ちょっとやったこと」「本格的に進めて行くこと」

これらは等しく扱われるべきだろうか。違う気がする。

* * *

いくつかのmdファイルで書かれていることは、今自分がアナログノート(ルーズリーフ)に書いていることに等しい。いわばその全体を長期的に保存しておく必要がない「途中経過」の思考。それをそのまま保存することは必要だろうか。

別のツールに書く、あるいは、書いておいて後から何らかの処理を行う、というのはある。

* * *

「My Library構想.md」というファイルは、自分のローカルフォルダをどう構築していくか、という案が書かれているが、Textboxを作り、移行し、APIを作ったことで、現状の実体とは大きく離れてしまっている。構想そのものも、今書くならば別の形になるだろう。

このような「変化」をどう考えるのか。ようは、「My Library構想.md」は書いた時点ではまだメモ的な内容にすぎず、ノートには至っていなかった、ということになる。

そうしたものが保存されても、デジタルノートには「負担」はない。しかし、それを使うユーザーの認知には負担があるかもしれない。

マイノート、あるいはライブラリという「聖域」(圏)。こういう考え方を持ってもいいだろう。なんでもいいから保存すればいい、というものではない、という。

* * *

方針は二つ。ノートツールに記録するものと、メモツールで扱うことを区分する方式。あるいは、とりあえずノートツールに保存するけども、雑多なものを後でまとめなおしたり、削除(移動)させたりする方式。デジタルだと後者が採れるが、しかし手間ではある。

* * *

わざわざノートとして残す必要がないもの、というのもあるわけで。

* * *

そのように考えたときに「着想・主題・主張」といったものがどうなるか、という次なる問題が出てくる。でもってこれが本丸でもある。

12:00

Textbox:

ノートをアトミックに分割していくのとは逆の方向を考える。統合していく。インテグレートしていく。組み上げていく。蒸留していく。何か上がるほうの動き。

* * *

いくつか方向性がある。

一つは単純に、統合的なノートにまとめていくこと。コピペして、もともとのノートは削除する。レベルアップ的感覚。

あるいは、統合的なノートにリンクだけを集めていく。その上で、もともとのノートはそのままおいておくか、あるいは別フォルダに移動させる。フォルダを越えるリンクが扱えるなら問題はない。

あるいはリンクではなく、エンベットにする方法もある。上の方法のハイブリッドな感じ。ただし、embedを表示できるツールがないとそのノートは参照点の役割しか持たなくなる。この場合でも、ノートはそのままにしておくのと、別のフォルダに移動させる方法がある。

* * *

リンク、あるいはエンベッドを使うのは、ようはそうして作られるノートを「一つ上のレイヤー」で扱いたいからそうすることになる。つまり、個々のノートが断片だとしたら、断片集的な位置づけを持つことになる。

それをtypeで切り分けてもいい。type:fragment, type:fragments のような形(もっとわかりやすい名前でもいい)。

そのようにtypeで切り分けたらフォルダを移動させる必要はないが、サジェストや検索が圧迫される問題は残る。

* * *

ひとまず、何かをつくることについてのアイデア(デジタルツールクラフティング)に関しては、一枚のノートにコピペしてまとめていくことにする。これは、続きものの作業だと考えれば、一種のプロジェクトノートで、そこから切り出す、というのが自然だろうし、今回のように逆向きに作っても言い。

では、テーゼノートはどうだろうか。どのような空間に配置し、それをどう扱っていくのがいいか。

* * *

テーゼノートをテーマノートに統合する、という考え方は悪くないとして、そうしたからといって個々のテーゼノートを別の場所に移動させる、というやり方は賢明だろうか。仮にそうしても、リンク自体は失われない。あくまで、一覧での見え方が変わってくるだけ。

ポイントは、プロジェクト(DO)に関するノートも、ライフログ的なノートも、時間性を持っているという点。何かしらの形で時間が関わっている。しかし、テーゼはそうではない。それらは、時間性がはぎ取られて存在している。それを思いついた、考えたという点での時間はあっても、テーゼは時間的に凍結している。だから、私たちはカントのテーゼを現代において検討することができる。

この質的な違いをどう捉えるのか。

一番簡単なのは、別のプロジェクトで扱うということだろう。Cosenseでは複数のプロジェクトが持てるので、時間に関与しているものと、情報に関与しているものの二つを別のインデックスで扱うことができる。

それと同じことをTextboxでも実装する? テーゼはテーゼ用のフォルダに入れる? 実際、日記的なノートと、テーゼをリンクでつないで楽しいかというと、そうではないだろう。切り離すことはもちろん可能。

* * *

以下のようなノートが、その場所に入りそうなものたち。

たとえば、「ジグザグ生きる」は現状のTextboxに並んでいてもそうおかしい感じはしない。しかし、「ロナルド・パーサーの残酷な楽観主義(楽観性)」と「時間性の欠如」は少々怪しい。粒度が他のノートとあっていない気がする。これらはもっとカード感がある。

数自体がノート的なものに比べてたくさんあることに加えて、一枚辺りの記述も短い。それを同列・並列に並べることの違和感がある。

* * *

Claudeに頼めば、切り分け自体はやってくれるだろう。しかし、「新規作成」を押したときの動作などで条件分岐が増え、ツール自体が複雑化していく。この問題は避けがたい。

17:00

妻の病院の付き添いなどをこなしておりました。

Textbox:

最初に作ったnotesとは別のフォルダを開けるようにしました。

Image from Gyazo

Cosenseのプロジェクトの概念と同じです。