準備を進める月曜日

8:00

おはようございます。本日はもろもろ準備をしましょう。昨日、ノートアプリの枠組みがだいたいできて、あとは中身を保存するくらいです。

メルマガ:

publish:一年の目標の戦略 / 一年の目標のフレーム / incシステムにおける神様ファイル / アイデアメモはどう並んでいてほしいか|倉下忠憲

まずはファイルの準備を。

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OKです。今週書くこともいくつか考えておきました。

9:00

ノートツール検討:

まず、昨日次のように表示できるノートツールを作りました。

Image from Gyazo

別のマークダウンファイルを読み込み、文中の—があるところで「改ページ」して表示するノートツールです。複数のファイルを読み込めば、それが縦にならびます。つまり、そのファイルの中身は横に、ファイル群は縦に並ぶツールです。

で、ファイルに保存する直前までは処理しました。編集などもできる格好です。

ここにいわゆる「テーマノート」を入れておきたいところ。いくつかのカテゴリに分けて、記述していくスタイルです。

で、それと似たようなことが、bike outlinerや、あるいはルーズリーフバインダーで進めたらどうなるか、というのも同時の検討課題です。あるいはScrivenerという手もあります。その場合は、個別にfileを作るのではなく、一つの大きなファイルでまとめるのがよさそうです。

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bikeではなくて、Workflowyでもよいのですが、実際はそう簡単な話でもありません。なかなか難しいところ。

10:00

大きな仕事をボトムアップで進めていく方法の検討:

今着手しているプロジェクトについては問題なし。それが書籍であっても、メルマガのような継続的投稿であっても、現状は問題なくまわっている。

で、問題はそれ以外の領域。

たとえば、断片からの創造や、つくる人になろう、といった大きなコンセプトがあるような場合。で、本を読んだりして、何かそれに使えそうなものを見つけたり、ふと思いついたりする、ということがある。それをどのように扱うか。

そして、そうした「思いつき」がないときに、そうしたテーマをどのように育んでいくのか。

もし意識的な育み、というのをしないのならば、ただ断片的にメモして、それをタグ付けしていけばいいだろう。そこから何かがボトムアップ的に成長することを期待する。

しかし、全体とは全体を指向するところに生まれるのだとしたら、このやり方をいくら続けていても全体は生まれない。全体を生み出そうとして、はじめて全体が構成されるのならば、まずその「全体を生み出そうとする」営みが必要となる。しかしそれは、明瞭なトップダウンである。

さらに言えば、そのようなトップダウン的アクションを、日常のワークフローにどう落とし込んでいくのか、という問題もある。そこに、先ほどのノートツールをどうするのか問題が関わってくる。

あるいは、いきなり全体の構想に取り掛かるのではなく、思いついたちょっとしたことをメルマガやブログで文章化して、思考の足がかりにすることも検討したい。

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トップダウンは、たとえばノートブックなどの制約を使うことを意味する。でもって、テーマは無限に肥大化するわけではないから、単純なメモやそれにつくハッシュタグのように拡散はしていかない。

一方で、テーマは替わりうる、という点が問題。テーマの表記も替わるしイメージしていた構造関係がひっくり返る(あるいはレベルアップする)こともある。

これはトップダウン式の制御と相性がよくない。

プロセス型であれば、トップダウンからボトムアップの切り返し自体はできる。しかし、そこではシェイクが置きてしまう。つまり、ボトムの要素が書き替わってしまう。それをどう評価するのか。替わるのだからよいとするのか、替わってしまうことで、他の利用可能性が減少すると考えるのか。

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たとえば、「テーマノート」というものをつくり、何か新しいものを思いついたらそこに書き足し、書き足したタイミングで全体について考えていく、という進め方がある。全体を表す仮組みがあり、それに少しずつ手を入れていく感覚。

あるいは、2024年01月08日の〜〜についてのテーマノート、のようなものを作り、その時点でそのテーマについてどういう思考をしているのかを考えるという間欠的なやり方もある。徐々に育てるという感覚ではなく、その対象についての思考をそのときどきでやっていくという感じ。この場合は、時間が経ったときに全体の構造が変わっていても何も齟齬は生まれない。そのときどきで、別のバージョンの全体が検討されているだから。

つまり、2024年01月08日の自分が「断片からの創造」というものについてノートを書き出し、2024年01月18日の自分が再び「断片からの創造」というものについて新たにカードを書き出す。後者では、自分なりの知見が加わっているわけで、違う形になるだろう。その代わり、素材を少しずつ蓄積していく、という形にはならない。それはそれで微妙に違うかもしれない、という思いはある。

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テーマを立てるとは、方向性に制約を与える、ということ。だから、トップダウン的なやり方が持つ不自由さは有る程度甘受する必要があるのではないか。

ということは、テーマノートに書き足していく方法は、とりあえずOKと言えるのではないか。その上で「稼働域」を設ける。それこそアウトライナーのように。

で、何かしら大きな変化を感じたら、そのときはテーマノートの作成の段階から仕切り直す、ということにする。そういう並行的なやり方。

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そのとき、テーマの構造はどうなるだろうか。たとえば、二つテーマがあるとして、そこに重なる部分がある場合に、どちらかを親に立てて、どちらかを子にする、あるいは両方を子とするような親を作るということで「統合」することができる。

あるいは、それぞれを個別に親としておくこともできる。ただ、その際、「素材」があるとして、それをどのように配置するのかは検討の必要がある。両方に入れるのか、どちらかだけに決め打ちして入れるのか。

たとえば、「個人のWebサイトを作ろう」と呼びかけるテーマがあるとして、それと並行して「つくる人になろう」というテーマもある。この二つは明瞭に関係するわけだが、それを情報ツールでどう扱っていくのか。

「つくる人になろう」という大きなコンセプトがあり、その具体的な話として「個人のWebサイトを作ろう」を置くことができる。ただし、その場合、「個人のWebサイトとは何か」という掘り下げは、「つくる人になろう」というテーマから見て「逸脱」になってしまう。中身が編集されるわけだ。

逆に、「個人にとってWebサイトとは何か」というテーマを掲げて、その実践編として、「個人のWebサイトを作ろう」を入れることもできる。

この二つは、情報的に等価であって、情報だけみてもどちらを採用すべきかは判断できない。その上、これらとは違った構造の形がいくらでもありえる。

構造を決めることで「そこに合うもの、合わないもの」が出てきてしまい、それが内容にも影響を与える。だから、構造だけの問題ではない、ということだ。

この「テーマノートの処理の仕方」が自分の中の一番の問題。

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その上で、「素材」の扱いについて考える。

たとえば、思いついたこと、本を読んで見かけた文章などは、Scrapboxにカードとして記述しておけば、上記のような構造的悩みにさらされることはなくなる。ボトムアップというのはそういうことだ。

一方で、ただボトムアップだけではやっぱり全体がでないわけで、じゃあ、どうすればいいのか、という話になる。

素材は素材として残しつつ、しかし「全体」を目指すというアプローチ。その上で、その全体の形がいくらでもありうる、という状況。これを解きほぐしたい。

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たとえば、そうした「自分の手持ちのテーマ」みたいなものを、定期的に書き出して、確認するという間欠的スタイルにする? で、それは全体の構造とは別に持っておく?

切り離すやり方。

切り離さないならば、構造を作っておき、それを付箋でもアウトライナーでも変更可能にして、そのときの状態に合わせて組み換えていく。しかし、組み換えると中身が変わる。それをどう評価するのか。

テーマAがテーマBに含まれうるにしても、含まれた瞬間にテーマAは変質するわけで、つまりは別物と考えた方が良いのだろう。

しかし、単純にそうやってテーマを列挙していくだけだと数が増えるだけで、まったく「均されない」という点も気になる。

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16:00

TH:

第二章の準備に取り掛かります。

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ファイルを作って、まず簡単に書き込みます。できるだけ、心理的な抵抗値を落とすように。