THを立て直す月曜日

8:00

おはようございます。今週もいろいろ予定が立て込んでいるので、それを整理して、あとはTHを立て直しましょう。だいぶ見通しがついてきました。

publish:WRM:鎧を捨てて文章を書く/新書で書く、ということ/読者は無力ではない|倉下忠憲|note

fragment:書籍評価における平均:

Amazonのカスタマレビューでは『知的生産の技術』は平均して4.2となっている。四捨五入すれば星4つ。

あれほど版を重ねている、ものすごく売れている本である。そういう数値は別にして、とんでもなく面白い本である。でも、星4つ。

星5つをつけている人が半分で、星4つをつけている人が2.3割ほど。3以下も2.2ほどで合わせて10割。

この評価の「平均」は一体何を意味しているのだろうか。

9:00

TH:

まずは、現時点の構成案をWorkFlowyに記録しておきます。

* * *

軽くメモしたあとに、「これってkakauの方がいいじゃないか?」と思ってツールを換えてみました。

なかなか良い感じです。

Image from Gyazo

以降はこれをベースに「肉付け」を行っていきましょう。いろいろな部分が固まりはじめています。

* * *

fragment:アウトライナーとkakau

アウトライナーは、構造の再帰性(再帰的な構造)を持つがゆえに、無限大の構造を持つことができる。再帰でなければ、ほとんど不可能だろう。

一方で、そこまで巨大な構造を人間が扱えるのか、という問題はある。人間の日常の知的作業ではほぼそれほど巨大なものを直接扱うことはないだろう。

一方で、ソフトウェア開発は基本的に巨大である。少なくとも、巨大になりがちである。私たちが日常的に扱う情報の「大きさ」とは(言葉通り)桁が違っている。ソースコードの情報量。

よって、ソースコードの管理において、巨大な構造を扱えるツールが必要、ということはあるだろう。

対して、日常の生活ではどうか。そこまでの巨大さは必要か。

必要だ、という論点もあるだろう。私たちの知の営みの全体像を捉えようとするならば、そうした巨大さを受け入れられる器は必要となる。しかし、それが知的生産全般に適用できるかというと微妙であって、文章の構造がついつい深くなって読みにくい文章が生まれる、という点も加味すれば、浅いほうがよい(たとえばTwitter)ということもありえる。

kakauというツールは、アウトライナーと違い、再帰的な構造になっていない。タブやらコラムがあって、複雑である。しかし、無限に階層を深くしていくような誘いは小さい。ある「平面」に情報を並べるような感覚がある。

それが持つ意味とはなにか。もうちょっと考えたい。

BCB:

005の音声ファイルチェック&原稿との対応確認を進めます。

* * *

005のLine250まで。とりあえずサクサク進めていきます。

11:00

NL:無料公開:

noteでの公開を進めます。とりあえず、第一章は全部読めるようにしておきましょう。

遍在する記録とノート──『すべてはノートからはじまる』 #04|倉下忠憲|note

12:00

お昼は、白ご飯と卵焼き。

book:read:『ピーターセンの英文ライティング特別講義40』:

英文法に関する話が紹介されているが、読めば読むほど英文法に関する謎が深まっていく気がする。

13:00

book:read:『入門・行動科学と公共政策: ナッジからはじまる自由論と幸福論』:

第三章まで読みました。まずは人間が持つバイアスと、その決定が「厚生」に与える影響について。

15:00

TH:

明日からの執筆に備えて、第一章の材料メモをkakauに書いておきます。

Image from Gyazo

かなり育ってきました。でもって、本書の肝はsubroutine(パターン)の拡充であることもだんだん見えてきました。拡充というか「ちょうどよい抽象化」を設定する、という感じ。

20:00

本日の振り返り:

本日はようやくTHで進むべき方向が見えてきました。あるいは、そう感じられるだけのアイデアが形になりました。

あとは、このアイデアを頼りに執筆を進めて行くだけです。最終的にいろいろな変更はあるでしょうが、それでも道が定まったので、ずいぶん考えやすくなりました。

というわけで、本日はそろそろ閉店がらがらです。

お疲れさまでした。