の作業記録
原稿を進める水曜日
- NL+第三章アウトラインのリビルド
- NL+TCS
- 「ライフハックニュース」を作る
- 「ライフハックブックガイド」を作る
- イラストの練習
- 課題本読書
- 一年の目標を吟じる :write
10:00
おはようございます。本日からNL第三章のβ稿に入ります。その前に、アウトラインの整理からですね。
push 国営のクレジットカードがあるとしたら?
push わらしべ長者をさらに進めると?
Scrapbox「知的生産の技術」の整備:
このページにニュース的な情報をリンクさせていく。
このページに関連書籍情報をアップデートしていく。
本当にびっくりしたのだけども、同じコンセプトで同じタイトル、ただ英語表記なだけの同じページをすでに作っていた。
しかし、まったく更新されていなかったので、ピン留めするページを上にしておいて、こちらは漂わせておく。
NL:
第三章β稿用のアウトラインリビルド。WorkFlowyで作業します。
* * *
α稿用のアウトラインの方が自由に考えられる気がするが、あまりそういう感じはしない。むろん、α稿の方が自由に書けるのだが、それは考えていることとイコールではない。むしろ、自由に(というか地に足がついた上でのびのびと)考えられるのはα稿→β稿時のアウトライン作成である。
検索結果を構造化することは(いまのところ)できない :デジタルノート
あとで読む 自分の手で少しずつ、つくりつづける
12:00
メモでパス回し :一分間知的生産の技術
book:read:GEB
p.36から読みます。
* * *
人間が行う推論はアルゴリズムであり、定型化できる。しかし、アブダクションはどうだろうか。人間は「こうであるかもしれない」という仮想的な現実を想像することにより、他の生物や機械との差異を有するのではないか。
人間の文明の進歩は、あるいはもっと限定的に人間の意識が欲している方向は、無矛盾なものを作り上げること、あるいは矛盾を削ぎ落としたものを作り上げていくことであった。しかし、そんなものは理論の中にしかないし、なんなら理論の中にすらないかもしれない。矛盾を多き存在、汝の名は人間なり。
二十一世紀の中で、絶対的な指針が失われたと同じように、無矛盾なものも(あるいはその希求への強度)失われはじめている。たぶん、そういう傾向をもう一つくらいは挙げられるだろう。
「考えてごらんなさい!」「やってごらんなさい」
「しかし平が平穏無事でなく、自己呑みこみでもないとしたら、それはいったい何なのだろうか? 少なくとも病理的ではある」
push ソーシャル・パプティノミコン
自己言及=不思議の環
- ラッセルのパラドクス
- グレリンクのパラドクス
型の理論、厳密な階層の規定→自己言及の放逐
しかし、文はリニアに紡がれる。そこではメタな視点が入り交じる。
「無矛盾を保とうとするのはもちろん重要なことであるけれども、その努力がとんでもなく醜い理論をわれわれに強いるとしたら、どこかまちがっているのである。」
パラドクスの不安さ、オンパロス不在の不安さ、
16:00
NL:
トピックを情報カードに書き出して並べ、順番を考えます。
エピセット 《言語学》〔人名などに付ける〕形容辞、添え名,《言語学》〔人などを表す〕あだ名、通り名
21:00
NL:
第三章について書いてみます。
管理と記録について。
管理するためになぜ記録が必要なのか。
そもそも管理とは何か。なぜ管理を行うのか。
行きすぎた管理について。
タスク管理とロギング仕事術について。