の作業記録
メルマガとポッドキャストな土曜日
- メルマガ(前半)
- メルマガ(後半)
- メルマガ(はじめに)
- ポッドキャスト収録
9:00
おはようございます。今日は天気は若干悪いですが寒さは少しマシですね。ちなみに立冬らしいです。冬の訪れです。
本日は土曜日なのでメルマガを書きつつ、夜からポッドキャストの収録予定です。いつもよりハードになりそうな予感です。
idea:
すべてが鬼滅になる。 #小説ネタ
あらゆる漫画に鬼滅の刃のキャラクターが乱入してきて、漫画というframeが変わってしまう。
idea:
健康麻雀 + 英会話スクール
あとで読む:
- タスク管理と日常|skymilk|note
- 60年前から変わらない「アイデアの公式」とは?|フォレスト出版|note
- 福井県産業情報ネットワーク「ふくいナビ」の障害発生について | 公益財団法人ふくい産業支援センター
- 責任と欲望を生み出すために 國分功一郎×東浩紀「哲学にとって愚かさとはなにか──原子力と中動態をめぐって」イベントレポート(標準語ver.) | ゲンロンα
10:00
メルマガ(前半)を書きます
まずは、新しい執筆スタイルについて書きます。
* * *
1時間で2000字ほど書きました。まだ書き終わっていないので、続けることになります。
11:00
book:memo:『ツイッター哲学』
抜き書きします。
「別のしかたで」という表現は、元々はフランス語のautrement(オールトマン)、英語ではotherwiseです。フランスの哲学者、エマニュエル・レヴィナスの著作に『存在するとは別のしかたで』という(そう訳せる)ものがあり、それをふまえています。
仮固定から仮固定へと移りゆく。ツイッターには、何かを仮にやってみている様子、何か新しい課題に直面し、別のしかたで思考や感覚を掴もうとする様子が間歇的に流れてきます。工事現場やアトリエの一角が明滅している。
ツイッターとは、生成変化の中間において仮固定された思索がとびとびに並ぶ、日連続性のメディアなのです。
仕事がうまく進まない、そう感じたときは、行き詰まった、と思うのではなく、行き詰まりを「感じている」と思うべきだ。問題は、まずもってその「感じ」からの回復である。
方法論の本が好きだ。その方法で為すことよりも、方法群を並べることに耽溺する。幾人もの違ったデカルトを、ヴァレリーを並べる。幾つもの違った決意を、ドヤ顔を並べる。それを通過して、一種の無方法に至る。特殊なことではない。あらゆる一見無方法と見えることが、実はそうなっているように思う。
論文や小説の書き方にせよ、アートのやり方にせよ、方法の入門書って、汎用性を高くするために中立的に書かれているとあんまりおもしろくないのよね。方法を既にいくつか知ってると、偏った意見をごり押ししてくれる本のほうが、こういう手があったか! と参考になる。
議論を膨らませるのではなく、減算的に仕上げること。ここはもうちょい補いが必要かな、という弱いパッセージがあったらむしろ、そこを全カットすることも考えてみること。
僕は、自分の仕事に対して「とりあえずこの立場を採っているけれど実は「〜なんちゃって」かもしれない」という自己破壊と、「これでいいのだ」という自己信頼を持つという二重星のバランスがうまい人が好きだ。そのバランスが「うまい」というのはどういうことなのか、これは、巨大な哲学的謎だと思う。
大昔に、中島隆博先生からの論文指導で、いい論文の条件として、「書きての身ぶりがあるのがいい、後ろに回り込んだり、待ち伏せしたり、よけたり、待機したり、速度を変えたり……」というようなアドバイスを頂いたのを、覚えている。
厄介なのは、自分の「デカい問題設定」が何案丘を片鱗すら掴んでいない、あるいはそれを他者に伝えることをしたがらない(何らかの抑圧をかけている)ケースで、要するに自分の欲望の方向性が分かっていない人。そういう人は「自分の欲望などとは関係ない正しい研究」をしていると勘違いしている。
第一に、つねに複数言語の間で書くこと。概念や言い回しの背後に、錯綜した翻訳空間を想定して書くこと。第二に、翻訳空間を考えた上で、日本語独特の、翻訳不可能なレトリックをうまく使うこと。日本語で書くことの特有の意義をもたせること。
ピアノの練習にしても、手癖から逃れるには、やったことのない動きを外から強制される必要がある。言い換えればそれは、他者が必要だということ。先生でなくても、教本の類でも、ある程度は他者として機能する。他者が新たな枠組みを提示し、それに対して身体が変性し、拡張される。
メルマガ(前半)を続けます
さきほどの原稿の続きを書きます。
* * *
ずっと書いていて、5000字くらいになりましたが、まだ終わりません。いったん区切って前後編にするか、このまま書き続けるか。
idea:
ハラキリ・ハラスメント
memo:
方法と道具。
13:00
メルマガ(前半)を書き終わりました
あれからずっと書き続けて、結局8000字となりました。全体は1万字の想定なので、8000字原稿+ 2000字原稿、という感じでしょうか。非常に中途半端なバランスですね。
15:00
メルマガ(後半)を書きます
* * *
一時間ちょっとかかって、2000字の原稿を書きました。アベレージがばらつく時速ですね。
これで1万字ほどの本編はできました。
あとは「はじめに」です。
メルマガ「はじめに」を書きます
まずは一週間のツイートを振り返ります
- 独学大全読了
- 『ツイッター哲学』の発売と自分の本
- タイムラインで問題が流れてきても
- 高機能化は必要か
- 「哲学的」な問いが持つ力
- 飽き性の自覚
- 100%の罠
- 成長に価値を置くことと、未来に希望を感じることの相関。
- 自分について知らない感覚
ついでに『ライフハックの道具箱2020』に使えそうなツイートも拾って、テキストファイルに保存しておきました。こういう作業を、定期的にやっておくべきだったんだな、と今更ながらに自覚。
fragment:100%の罠に関連しそうなツイート群
何を習慣でこなすのか、習慣でこなさないのか。それを惰性的にやり過ごさないのが肝だと思います。
ちなみに、自分がやっていることに注意を向け、わずかに変更してみて、その結果を確認する、というのはデルタ状の実践です。
そうした実践は探究であり、その探究を支えるのは、「自分のことは自分もわかっていない」という無知の知です。
「単純なこと」は、僕らの認知受容体にすぐさま結合する。それは別に悪いことではないのだけども、それが結合したことによって別のものの受容が退けられる点がある。
別の言い方をすると、単純なことが「分かってしまう」とそれ以外の理解の可能性が抑制されてしまう。もちろん、逆もあるのだろう。
汎用的な教訓にするのは難しいけれども、失敗を回避するために、賭けそのものから逃げることで、結局成功する機会をスタート地点から喪失している、ということがある。
◇結城浩さんはTwitterを使っています 「@rashita2 そこでも大事なのは「100%の呪い」にかからないようにすることだと思いました。「失敗を回避する」を「すべての失敗をどんなときにも回避する」と理解すると、賭けから逃げるしかなくなる。「致命的な失敗を、ほとんどの場合に回避する」で十分なのに。」 / Twitter https://twitter.com/hyuki/status/1323952760107098114
たとえば、ぼろくそに言われないためにエクスキューズを重ねると、そもそも読んでもらえなくなる。
そう言えば、あまり信じてもらえないけど、僕は結構飽きっぽいです。むしろその自覚があるから、いろいろ工夫しているようなところがあります。
これも100%の罠がありそう。自分はまったく飽き性でないとなると対策は出てこない。逆に自分は完全に飽き性だから何をしても意味がないとなればやっぱり対策は出てこない。
ゼロイチ問題→程度問題
19:00
メルマガ「はじめに」を続けます
* * *
いろいろかかって、なんとか2000字ほどを書き上げました。
これで全体は完成です。あとは明日の読み返しですね。
20:00
家事周りを片づけます
後ほどポッドキャストの予定なので、ちゃっちゃと片づけます
実用書の読み方
具体的な話は思い浮かべやすいけど、そこから抽象の階段を登らないとなかなか覚えられない。抽象化はある意味、関連づけでもあるから。その意味で、わかりやすい本をただ字を追っているだけだと、理解できていないことが多い。
言い換えれば、それってどういうことだろうか、というより能動的な働きかけがあることで、より踏み込んだ情報処理が行われるようになる。
国語の教育では、文芸の読解が教えられるが、こうした実用書・思想書などの読み方も教えてもらった方がよいのだろうか。
わかってしまう弊害
「単純なこと」は、僕らの認知受容体にすぐさま結合する。それは別に悪いことではないのだけども、それが結合したことによって別のものの受容が退けられる点がある。
別の言い方をすると、単純なことが「分かってしまう」とそれ以外の理解の可能性が抑制されてしまう。もちろん、逆もあるのだろう。
idea:
本がデータベースになっている世界。 #SFネタ
21:00
beckさんとのYouTubeライブです
https://www.youtube.com/watch?v=rto6uXWYGjs
22:00
本日の振り返り
本日はメルマガを書き上げて、夜にポッドキャストを収録するというなかなか忙しい一日でした。今後、二週間に一度くらいのペースでこんな感じの放送をやっていく予定です。
というわけで、本日はそろそろ閉店ガラガラです。
お疲れさまでした。