臨時うちあわせCastを収録する月曜日

9:00

おはようございます。今日は、プロジェクトの進め方の整理と、臨時のうちあわせCastの収録を行う予定です。

モーニング・コーディング

日付文字列を作成する共有関数(モジュールと呼びましょう)の続き。

地域情報を設定して、mondayではなく月曜日と表示されるように。

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import datetime
import locale

locale.setlocale(locale.LC_TIME, 'ja_JP.UTF-8')
td = datetime.date.today()

def printToday():
    print('today is ' + td.strftime("%Y-%m-%d %A"))

あとは、この関数の利用方法を検討すること。生成される日付がどのように利用されているのかを分析すればよいでしょう。

今後のやることの方向性

あとで読む

fragment:一年間に1000冊も本を読む

一年間に1000冊も本を読んでいるというひとは、もちろんほとんどの本を「まともに」は読んでいません。

一方で、そうやって「まともに」読まなくても、何かの経験を得ている、ということもまた確かです。

作業記録:

最近は、VS Codeを二つ開いている。一つは、この作業記録を書き込む用のworkspaceで、もう一つは着手するプロジェクト用のworkspace。後者のworkspaceを適宜切り替えながら、作業を進めている。

一つにしないのは、プロジェクトの作業をしているときでも、作業記録にメモしたいことが発生するから。

では、ターミナルから、この作業記録に記録できるようになったらどうなるだろうか。

基本的に新規メモは、下に下にと追記していくのだから、コーディング的には難しくない。ターミナルでinputを要求して、受け取ったものを、今日の日付からファイル名を作成して、そこに追記すればいい。

ただし、inputでは単行しか受け取れない。作業記録用のメモは一行で終わることもあるけど、そうでないこともある。

複数行を受け取るには、繰り返し処理だが、最初から回数はわかっていない。

python — ユーザーから複数行の入力を取得する方法

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while input() != '':
    do_thing #ここで処理する

みいたいにすれば、空行まで入力を受け付け続けられる。一方でこれだと、空改行できない。

終わるための、何かの文字列を設定すればいいわけだ、作業記録では普段使わないような文字列を。

VS Codeを使っているときは、だいたいターミナルを表示させているので、このやり方は良いかもしれない。

VS Codeが二つ開いていてもメモリ的にはまったく問題ないのだけども、Macのcommand + tabで移動しようとしたときに、意図しない方に移動してしまう問題が気になっていた。

ターミナルから直接作業記録を追記できるコマンドと、その日の作業記録を現状のWorkspaceで開くコマンドの両方を用意すればよりよいかもしれない。

10:00

firefoxの履歴の利用

最近ブラウザの履歴を使ってページを表示させることが多くなってきたので、ショートカット操作を確認しておきました。

Firefoxで検索履歴を表示する - 倉下忠憲の発想工房

fragment:

カルチャーと雑誌。

文化の作用。

文化。文化的作用。模倣性。記憶に残りやすいもの。つい口にしたくなるもの。そういうものの伝染力=文化力。

では、そうしたものの方が生き延びやすいのか。小さな声で語られることは絶滅を免れられないのか。

以下、再燃するZINE:ネット時代に花開くコミュニケーション・カルチャーの真髄 | FUZEより。

また、ZINEをトレードすることに関しては、以下のように記されている。

受け取る人の喜びを想像し、その人を想像することで私たちは身体的な人工物ーー「郵便受けのなかの贈り物」としてのジンーーが実体化する関係を作り出す。贈り物としてのジンは、本質的にコミュニティ構築の活動となる

(P151)

ジンスタ同士のコミュニティを布にたとえるなら、ZINEはそれを構築するために紡ぐ糸のようなものだ。「Text(文章)」という言葉は「Textile(織物)」と語源をともにするが、ZINEになったテキストは、誰かとトレードしていくことで、まるで編み物のようにコミュニティを形成していく。ライオット・ガール・ムーブメントの場合、そのコミュニティが社会的に可視化するほど大きくなったということだ。

前提でも書いた通り、ZINEには自由で多様な内容、形式がある。ただ、小さなコミュニティでの流通に限定されたものが多く、ほとんどは中央集権的なアーカイブがない。だが、考え方を逆転させれば、大衆文化やコマーシャリズムに取り込まれることをうまく避け続けながら、点在するジンスタのコミュニティ内で変化・多様化・成熟している。今日まで「ZINEというやり方」が何にも束縛されず人々に伝播し続けているのだ。

贈与の循環性。

ある時代の日本のブログは、このZINEに置き換えて理解することができるだろう。それについてsubstackに書くか。

作業記録:

よくよく考えれば、「あとで読む」を一箇所にまとめる必要はないのかもしれない。

もちろん、朝一に、RSSチェックしてゲットした記事を並べるのは良いとして、それ以降findした記事は、そのたびごとにURLを貼っていけばいいのかもしれない。もしコメントをつけるなら、そのときにつけてもいいし。

プロジェクトの進め方:

よくよく考えれば、企画案が通るのか通らないのかによっても、作業の進め方というかコミットする対象が変わってくるので、現時点で微細な決定を下すのは難しいですね。

とは言え、こちらか催促を促せるようなことでもないので、しばらくはマージンというかスラックというかバッファー期間と考えた方がいいかも。

そういえば、emacsのバッファは、バッファーなのか。で、このバッファがあるおかけで、emacsはいろいろなことができるし、やりやすい。カスタマイズしやすいのもこの点だろう。

すべてが統一されたベースの上に成り立っている。その意味では、すべてはページであるというScrapboxも同じようなものだ。保存したい情報だけでなく、設定の記述もページに書く。

でもって、よくよく考えれば、パソコンは実行ファイルも、データファイルも、設定ファイルも、すべて「ファイル」なのだ。

しかし、Evernoteでは、情報はノートに保存されて、設定は、設定メニューからの操作で間接的に設定ファイルに保存される。そして、ユーザーはその場所を基本的には知らされていない。つまり、ユーザーの目からみて、その二つは別物である。

しかし、ターミナル(シェル)の設定はファイルだし、emacsも同様、VS CodeではGUIで設定もできるし、ファイルを自分で書き換えてもいい。

アプリというものを使うことによって(通すことによって)難しいことがわからなくてもツールが使えるようにはなった。しかし、そのことは、私たちの目から何かを遠ざけた結果にもなっている。ある概念が漂白されてしまっている。

そのことをもう少し考えてみたい。

11:00

妻の昼食準備

12:00

昼食はカレー

fragment:バッファについて:

Go FujitaさんはTwitterを使っています 「例えば大きい申請書づくりやお詫びのメール作成など、気の重い作業をするとき。取り敢えず仮の文案をつくってしまえと「使い捨て気分」の文章を書ける場がある効果は大変大きい。アウトライナーやテキストエディタのファイルでも、インデックス・カードでも、すぐに書き始められ気楽に保存できる場所」 / Twitter

まずemacsのバッファの概念が良いなと思っていました。バッファがあるからこそ、さまざまな機能をもったemacsのカスタマイズが可能になる、と。

特定の用途に束縛されないウィンドウ、逆に言えば、これを書くためにはこれを使わなければならないという制約を持たない、目的性に縛られない入力・表示領域。それは、ある目的に向けて使われる情報の、その様式・形式の一歩手前で留まれる入力装置となりうる。

情報の発生と、情報の(形式的)確定の中間地帯(緩衝地帯)としてのバッファ。保存してもいいし、破棄してもいい場所。どちらでもありうる場所。その場所は、何にでもなりうるがゆえに、いまだ何者でもない。つまり、汎用性が要求される。

そのような場所があるからこそ、私たちは最終成果物が要求してくる様式や緊張感から距離を置き、内容そのものに注意を向けることができる、「身もふたもない場所」で考えることができる。そういうイメージです。

fragment:いろいろな人

街を歩いているとたくさんの人は目に入るが、それは群衆(mob)としてである。

一方で、個人のYoutubeを観ると、ああ、いろいろな人がいるのだなと実感される。その人のWho性に触れられる。

同様に、個人のScrapboxを観ると、ああ、いろいろなことを考えている人がいるのだなと実感される。

共感性を取り戻すには、ある抽象性よりも階段を下りる必要がある。人に(あるいはその語りや思考に)触れる必要がある。

→『もっと!』

fragment:矛盾を超克する

私は、「最終的には皆が自分で自分の方法を確立することが大切だ」と考えている。

一方、ビジネス書のヒット作を観ると、「この方法をやりましょう」と伝授されるものが受けている。

この矛盾はどうやって超克するか。

それはやはり、「自分の方法を確立する」という方法を樹立することだろう。あるいは、方法を教えてくれるように見えて、その実それが自分の方法の確立につながるようなトラップ(トロイの木馬)を仕込むことだろう。

fragment:長い本ほど短く刻む

本の長さは、実は問題ではないのかもしれない。一回の(一日のではなく)読書に当てられる時間が短くなっているのだとしたら、その時間でちゃちゃっと読めるように書けば、全体として文章が長くなっても実は読みやすいのではないか。

14:00

うちあわせCast収録します。

ゲストはごりゅごさんです。

* * *

なんだかんだで、長めに話してしまいました。

第四十七回:ごりゅごさんと読書ポッドキャストのうちあわせ by うちあわせCast • A podcast on Anchor

16:00

fragment:読書はインプットではない

本という箱の中に「情報」が入っていて、それを取り出して頭に格納する、という作業ではない。それは解釈と創造と伴う行為である。つまり、食事をメタファーとしたとき、読み方は食べ方(箸の持ち方やスプーンの使い方)ではなく、むしろ調理法に近い。

絶対的に先駆的に面白い本があるのではなく、その本を面白く読む読み方がある、と考える。もちろん、面白く読みやすい本もあるし、そうでない本もある。でもって、読み手によって、素材が生み出す味は変わってくる。そんな捉え方。

19:00

プロジェクトの進め方:

どうしても『僕らの生存戦略』などの大きな本の執筆作業は身構えてしまうところがある。

頭では、それでは進捗は生まれないと理解しつつも、大著に立ち向かう気分が消えない。

これを、どう変質させていくか。

1万字の小説は毎日1000字のペースで順調に書いていけた。

あれと同じ具合にできればいい。

では、どうするか。

千字で言えることに細分化して、ブロック単位で書いていく、というのが一つの手だが、それは可能だろうか。

あらかじめアウトラインを決めておかないとうまくいかないのでは。

あるいは、それこそが先入観なのかもしれない。

MEMO:来週のメルマガは読書週間にちなんで、本の紹介回にしましょう。 » メルマガ

20:00

fragment:それを選ぶ

「それ」しかなければ、選択肢はそもそもない。「それ」を相対化すると、「あれかこれか」が選べるようになる。それと共に、後悔や心配の可能性も生まれてくる。それを引き受けた上で「それ」を選ぶと、最初の状態によく似ているが、しかし同じではなくなる。そこにあるのは前のめりな力強さではなく、むしろ後に引けなさや後ろめたさや後悔の後味である。

あとで読む:小説家・重松清教授が選ぶ 2020年、早大生にオススメの5冊と楽しみ方 – 早稲田ウィークリー

21:00

家事周りを片づけます

book:『もっと!』読了しました。

面白かったです。ドーパミンが人間に与えている影響と幸福感について。たぶん、こんまり流やマインドフルネスも、ここから読み解けるのではないかと思います。

プロジェクトの進め方:

まだはっきりとは見えていませんが、とりあえず「毎日1000字」をどうにかして進めていく、という方針は動かなさそうです。〈1000字のステップ〉(Thousand characters steps)、と名付けましょう。

あとはどんな感じに進めれば、それがやりやすいかですね。その辺は実地的に検証していきます。テーマは「小説を書くように、実用書を書く」です。

本日の振り返り

本日は臨時のうちあわせCastを収録した以外は、プロジェクトの進め方について検討していました。

実際は、企画案の合否によってまたがらっと変わるかもしれませんが、とりあえず、その他の執筆と同じように書籍の執筆も軽いフットワークで書いていければなと思います。

というわけで本日は閉店がらがらです。

お疲れさまでした。仕事終わりの妻を迎えに行ってきます。